人気ブログランキング |
進化するアートマネージメント
最近僕が読んでいた本で、色んな意味で共感できるものがあったのでご紹介。
林容子さんが書いた「進化するアートマネージメント」という本で、アートや、アーティストの社会における役割と、それをいかに有効に社会と関係づけ、運営、マネージメントしていくかというものです。こういった本だと、ビジネスやその扱い方に終始してしまいがちだが、この本では、アーティストの立場、アートの有用性を基本に据えて話が展開し、とても我々を後押ししてくれるものになっている。っということで、紹介がてら一部抜粋してご紹介します。

b0046388_17404773.jpg


■アートの現在と未来
 情報の氾濫と、その伝達のスピード。独占的なシステムが加速度的に進む現代の世の中ほどアートを必要としているときはない。現代社会ほど、人間が考えるという行為をしなくなった時代はない。(中略)
 アーツの根元は思考である。与えられた情報を鵜呑みにするのでなく、自分の身体と脳でそれについて思考し、表現することがアートである。スピードと経済性(利益性)、簡易性が絶対的な価値観となっている世の中において、スピードや経済性が果たして人間にとっていいことなのか、と立ち止まって考える、また考えさせるのがアートである。だからといってアートが社会的な主題ばかりを扱うわけではないが、アートはその時代の一般の人々が考えることに疑問を投げかける。その意味で、アーティストは現代のカナリヤとして社会に警鐘を鳴らす。
(後略)
多くの人が一方的に流される情報によって画一的な価値観をもつ現代社会において、それから一歩引いて社会に対峙するアーティストの存在は、人類が盲目的にある方向に進んでいくのに対して警鐘を発する存在である。また、個人の究極の表現は、個々の自由と尊厳があってこそ可能であり、芸術の成り立たない社会は、あらゆる意味で、個人の自由と尊厳が損なわれる危険性をはらんでいるといえよう。

(中略)

■アーティストの重要性について
 たびたび書くが、アートマネージメントの重要性は、すなわち、この社会における、人間にとってのアートの重要性からくるものである。
 アートがなくてはならないものだから、アートマネージメントが重要なのである。
 何故アートマネージメントの確立が必要か。社会でアートを生かすことが重要なのか、これらの問いに答える前に、まず何故アートが必要かについて議論をする必要がある。
 残念ながら、わが国の文化政策は、国民の間で何故アート、芸術が必要か、何故税金を投じてアーティストを支援するのかという議論がほとんど行われないままに、過去10年間に総額7兆円という巨額の税金が投じられて、この狭い島国のあちこちに有名建築家のデザインによる立派な美術館や、コンサートホールといった文化施設が建設された。(中略)
 社会を構成する一人一人が、限られた情報ソースにより一方的に洪水のように情報を受けている。現在の社会ほど、特に日本ほど限られた価値観に縛られている社会はないのではないだろうか。限られた価値観とはすなわち経済中心の価値観である。バブルの崩壊後、経済一辺倒のやり方に反省の向きもあるが、まだまだ、わが国は株式会社日本としての生存に躍起である。ほとんどの人が画一的な価値観のもとに何の疑問も持たずに一つのディレクションだけを向いて突っ走ろうとしている。このような社会がどれだけ危険であるかは、現在世界で起こっている事象を見ればよく理解できよう。
 アート、そしてそれを生み出すアーティストは、このような画一的な経済、そしてマネー中心のシステム、価値観の社会の中で、自分の世界を持ち、社会一般の価値観とは全く異なる価値観のもとに生き、その中から作品を生み出しているのだ。このことは何度も言いたい。
 盲目的にある方向を向いている社会の中で、一人反対の方向を向いて、そうではないあり方を示してくれるそれがアーティストという存在なのである。
 大げさな言い方をすれば、現在のやんだ社会を救えるのはアーティストしかいない。一人一人のアーティストが仕上げる作品という名の声は大音量スピーカーが鳴り響くなかでかき消されてしまうかもしれない。しかし、我々は、また、別の価値観、ものの見方があることを知る必要があるのである。例えば、皆がいち早く山の頂上に到着しようとわき目も振らずに歩いているときに、ふと足下の小さな花に目をやるのがアート的な行動である。我々が見失っているこの世の美しいもの、大事なものに目を向けてくれるのがアーティストである。

(中略)

社会が、経済効率を真っ先に考えて建築物を作る社会において、経済性を度外視して意識の覚醒を起こさせる。アーティストの作品を通して、その見方に触れることで我々は意識を別のベクトルに向けることが可能になる。
 99.999%の人が気が付かないもう一つのこの世の真実、それを明らかに提示する。これは社会の、趨勢にとらわれることなく、独自の価値観と生き方を貫くアーティストだから可能なことだ。盲目的に社会の中に作られる既成概念や常識や通念にとらわれている我々には、アーツ、そしてそれを創造するアーティストの視点が必要である。そうでなければ我々は、知らないうちに大きく道を踏み外しかねない。自らものを考えなくなっている人が多い社会において、アーティストの生き方が示唆するものは大きい。
 アートは、自分を取り巻く世界、他社、そして自己の「意味」について「新たな発見」と「つきることのない洞察」を可能にする。一般の我々は、日々の生活に忙殺され、なかなかそのような時間が持てないがアーティストは、常にこの思考のプロセスを体現している。アーツは、その創造性の中に我々に「もう一つの現実」があることを喚起する。

 アーティストの存在は、言ってみれば暗い穴の中に下がる一筋の蜘蛛の糸のようなものである。その糸の存在に気づいて、それをたどれば上に出ることが可能だが、多くの人にはそれが見えない。蜘蛛の糸はきらりと光るがあまりにも細いものだからだ。アーツマネージメントは、蜘蛛の糸を強くし、人々に見えるようにすることだともいえる。
 アーツを社会に生かすとはそういうことだ。我々が自己を見失わないために、人間として人間性を確保するためにアーツはなくてはならないものであり、よって社会に生かしていかなければならないのである。

 現在、我々を取り巻く環境は、人間性とは程遠いものになりつつある。生き物として最低の行為でもある殺人が平然と繰り返され、その様子が映し出される映像をまるで虚構のもののように捉えている。地球上の富をたった10%の人が独占し、多くの人々が今日食べる食べ物も、着るものも住むところもないという現実。
 この現実を意識するために、必要なのは他社の立場に自分をおいてみること。つまり、想像力である。現実と虚構が交錯する世界において、我々人類の存在を救うのは、想像する力であり、それは創造性から生まれる。アートによって人間は、自己のヴィジョンをもっとも端的に表現し、創造性と想像する力を回復する。


================================
っと長くなってしまいましたが、なんか、自分の考えていることを代弁してもらっているようで、つい紹介したくなりました。もし興味のある方は是非手にとって見て欲しい。
 最近自分の活動を続ける中で、徐々に環境が変わりつつあり、今後の活動を色々と考えていました。一生表現をし続けようと思い、自分に出来ること、出来ないことを見極め、より自由に多くの人と対話し、社会に対して影響を与えうる活動をするべく、これからも動いていきます。

途中で写していた文章を消してしまい、書くのをやめようかと思ったけど、頑張って書いてみました。^^; こういったことについても色んな人と話をしてみたいので、色々と考えがあれば聞かせて下さい。
by michiyuki917 | 2005-02-16 02:15 | Review
<< 新しいおもちゃ 江ノ島展望台のコッキング園温室遺構 >>