残すのか、残るのか?
コーヘイさん
眠れなくなる夜をありがとう。(笑)
なんか別で語り合えるブログでも立ち上げましょうか? ^^;

>> 表現するための要素、つまり外部からの情報やそこから生まれる感情が僕らを動かすのであれば、
>> それには表現者として生かされているとも言えます。

> ここに、非常に重要な問題を含んでると思うのです。
> 「自分でやっているという」ということが、錯覚である可能性があるということです。
> 人間は簡単に錯覚します。

確かに人間は錯覚しやすい生き物ですね。
こうして話していることすらひょっとすると錯覚では?と思うこともあります。
そういう意味では、表現者は何かしらのアイデンティティが必要だと思います。
つまり自分の根本をきちんと見つめ、表現する目的や方向を捉えること。

> リアリティや確信ほど、疑わしいものはないと、思います。紫の点が緑に見えることだけが、事実だからです。

リアリティとうことの定義じたいがすごく難しいと思います。
同じモノがある人にとってはリアルだけど、一方ではそうではなかったりして、
そういった感覚的なリアリティはある種一過性で、永遠の形ではないからです。
色盲の人が間違っているという認識すら危ういのかもしれません。

> 例えば、アインシュタインは、「光は、波であるし、粒子でもある」といって、物理から生じる世界観をひっくり返しました。
> 「光」「波」「粒子」は、いわば、汎用ツールに相当すると、ぼくは、思います。中学生でもわかる、あたりまえの既製品です。
> しかし、このように組み合わさったとき、まったくそれまでに無かった概念が生じました。
> それは、量子論を生んだのです。それはまったく新しい世界観でした。

古代ギリシャ以来、物質が根本的に持つ要素が細分化され、行き着いた所ですね。

> つまり、汎用ツールでも、その枠からはみ出せる可能性が充分にあると思うのです。
> だから、例えば、自分のクリエイティビティの限界をツールのせいにするような場合、どうなの?一体?・・・とも、思うのです。

ツールで出来ることに頼った表現に陥った場合そういうことが往々にしておこりますね。
アインシュタインや研究者達が違うのは、ある明確な目的や方向があったから、
ツールを越えた所まで行き着くことが出来たとも言えます。
そういう意味で、クリエイティブな方向を目指す人にも同じ意識がある種必要です。
現在の問題というのはツールを「使う」のではなく、「使わされている」ことにあります。
それはクリエイターも日常のあらゆる道具を使う我々全てに当てはまります。
モノは「作る(創る)」ことが普通だった時代から、今や「使う」のが当然の時代です。
ただ本当に言い当てるとすると「使わされている」が適当だと思います。
経済も学問も創作も時間や効率を重んじる社会になり、
根本の部分はカットされ、ブラックな部分が実は多いということも見えない。

> それから、確かに、環境は千差万別ですよね。

> だからこそ、そういった部分からアプローチされる、オリジナリティの差を、ぼくは、逆に繊細に扱いたいです。
> 乱暴にひとくくり・・・例えば、ジャンル化とかは、とても乱暴というものですよね。
> 人に説明するのに、ちょっと話が短くなる程度しか役に立ちません。
> ジャンルの先駆者とか、、、、、まったく、価値がないのではないか、とも思います。

僕も全くその通りだと思います。
特に日本人はジャンル化して物事を認識しようとしがちです。
枠に当てはめて自分のわかる範囲の中に納めようとする行為ですし、
オリジナリティや人のアイデンティティを全く認めていないとも言えます。

昔の哲学者は物理学者で数学者で建築家だったりしました。
でも別におかしなことではなく自然に繋がったことだったのだと思います。

> ところで、人間性や生き方は、「内面」の問題なのでしょうか?
> ぼくは、これも、アウトプットでしかないのだと思います。
> 人間性や生き方は、「内面に蓄積していく」・・・・
> しかし、ですよ、
> 極端な話を持ち出しますが、もし、自分が死んでしまったら・・・・自分の中にには、何も残らないですよね。
> 自分が死んだら、自分の体を開いて、作品を取り出したり、
> 自分の脳にビデオケーブルを突っ込んで作品を上映することはいまのところできません。
> 自分の人間性や生き方は、すべて、作品や日記や部屋や、洋服や、他人の記憶・・・・
> すべて、自分の外側の環境に、やっぱり還流しているに過ぎないと、ぼくは、いま仮定しています。

人間性や生き方は内面であり、環境であると思います。
環境は自分で創造できると言ったかと思いますが、それはある種の蓄積です。
もし自分が死んでしまった後のアイデンティティはどこにあるか?
ある意味でそれは消滅するし、ある意味でそれは永遠に残ると思います。
作品についてもそれは同じでモノは残っていたとしても作者は残っていない。
これはその人が残ったことになるのか?

僕は残す残さないという考え方で言うと、なんのために残すのか?
まずそれが先に問われるべきかと思います。そして何を残すのか?
人間は死んで肉体を失いますが、それはモノも一緒だと思います。
彫刻や建築や物理的なモノは確かにリアルな存在としてそこに在りますが、
それすら時間の経過や、必要不要によって無くなったりします。
それに大事なのは遺跡や文化遺産として残すことではなく、
何故その時にそのモノが創られ、どういう環境を生み出したのか?

ギリシャの哲学者ソクラテスは自分では一切著書を残しませんでした。
でも彼は哲学の始祖としてあがめられ、今日でも彼の考えについて語られます。
それは何故か?
彼が残したのはモノではなく思想であり、それはモノ以上に強烈でした。
弟子のプラトンがそれを残して、その学生のアリストテレスが。。。と続きます。

僕はその話を入れたとき、凄く響いてしまいました。
紀元前に語られたモノが今にもちゃんと息づいている。
僕らが作る「モノ」というのはいったいどれだけの時間在ることができるか?
もし戦争や災害で色んなモノを失ったときに何が残るのか?

> 実は、自分の内面には、なにも蓄積できないのではないか。
だから、いくら、内面にいろいろ蓄えておいても、おそらくフルボディ・フルフェイス・声帯手術で、
> まったく別人になったぼくのことを、「コーヘイ」であると認知してくれる人は、・・・・
> いないのではないかと思うのです。パーソナリティは、外見の変化で、こっぱ微塵になるかもしれない。

> でも、外側にアウトプットされた「自分」こそが、意外にも、「自分」の本質でありつづけるのではないか・・・
> それは、生死という時間期限でさえ越えられる。

うん、この辺は面白いところですね。
先ほどの先人についてもそうですが、死んだときにどう語られるかというと、
細かい顔や声などではなくやはりその人の生き方、思想ではないかな?
よく葬式では故人の話をしますが、顔や体型はあまり語られない気がします。
そこを観ると自分の存在と言うのがかいま見れそうです。

> 内面に蓄えてるものが何かあるとすれば、「記憶」がありそうです。
> 内面を磨く時、「記憶」を増やしてる・・・・わけではないですよね。
> 暗記ばかりしても、つまんない人間になりますから。
> 「経験」が生き方や人間性をつくるのでしょうか。すると、やはり、自分=環境という図式に返ってしまいます。

内面というのは、ぬか床や秘伝の400年続くたれみたいなモノで、
それにどう手を加え続けていくかで継続もすれば変化もすると思います。
大事に扱うかどうかで後々も変わってきてしまいますし、
環境によってはほんとうにどうとでも変わってしまうモノだと思います。
記憶というのも凄く曖昧で流れ去りやすいモノで変わりやすい。
どう熟成させその為の環境を作ってあげるか、どんなエッセンスを加えるか。。。

> あと、いろいろ考えて、「作品を向上させたい」「仕事の成果を向上させたい」という命題を果たしたいのなら、
> 「環境設定」を変えるのが、一番いいし、もっともパワフルな効果があると、思いました。
> 「環境」の影響どころから、「環境」を変えたことが、すでに、「自分」が変化した証拠になるかもしれません。
> こういう状態を、シンクロニシティ(同期)というのではないでしょうか。

うんうん。

> ・・・著作権というのは、やっぱり、ムリがあるんだろうなぁぁぁぁ、、、、
どうせ、今自分が生きているわずかの間と、せいぜい孫くらいまでですよ。(笑)
それのためにバタバタするよりも、沢山考えて沢山創った方が良いのかも。^^;


あなたとわたし さん
> 結局、ぼくは思うのですが、
> 「自分」=というの肉体に収まってるワケではなく、広大な空間にペローンと拡がったり、
> 時間にヘビにようにビローンとした横たわった、とてつもなく薄くて広い存在なのではないかと。

おもしろいですね。
出来たらもう少し説明してもらえますか?

> すると、もちろん、他人も、自分自身に含まれてしまうことに、、、、なりそうです。
> そうなると、生かされてる・・・・どころではないです。。。。

あらゆることは関係していると思います。
当然自分の周辺に居る人や環境もそうですし、遠く離れた地球の裏側でもです。
人間1人でもしかしたら凄いことが起きたり起こせる可能性もありますね。

ん〜、世界はわからないことだらけで面白ですね!
だから人間は学ぼうとするし何かを求めてしまうのでしょう。
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by michiyuki917 | 2005-06-08 06:01 | I think
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