堕ちる。。。
今日は朝からどうも気分が下がり気味で駄目な日でした。
色々とやらねばいけないことが有ったり、帰国の時期が少しずつ近づいてきたり、ビザの心配や、パリでの公演のこと、色んな所へ移動するためのチケット手配等々、鬱になりそうな要素は色々と有るわけですが、それにしても殆ど笑えない一日だった。

それにつきあわされた相方にも可哀想なことをしてしまった。凹



何をしても可笑しい時があれば、何をしても全く面白くないときも有るよね。今日はそんな日でした、久々だな。。。とりあえず、溜まっていたブログを書いて(日本語だけ)過ごし、一日が終わってしまった。

昔から自分が動いて何かをしている実感を持っているときは良いのだけど、そういうのがふと途切れると不安を感じてしまったり、色々と回りくどく考えてしまう事がある。受験勉強なんかでもそうだけど、勉強してても頭が良くなっているのか、悪くなっているのか、絵が上手くなっているのか?それとも大して変わらないのか?等、様子が見えづらい時ってけっこう精神的にも不安定になりがちかもしれない。

あの、独り言なのですいません。すぐ復活するので心配しないでね。こういう時の心理も残しておくと後で面白いかとおもってちょっと綴ってみているのです。

こういう時はどうしても自分の内へ内へと心が向かい、自分自身がその中に奥に有るモノを探ろうとする。自分の存在であったり、これまでの事や周りのこと、そして先のことを意識する。こうして綴るほどにそれはまた深くなり、底へたどり着くか、息が続かなくなってまた浮上する海底への旅に似ている。普段穏やかな海が荒れた時に、その下の暗く静かな所へ魚が逃げる様に。荒れた場所に居ることで滅茶苦茶にならないように、自分自身で見つけた避難方法だろうか。しかしこの外と中の急激な温度差というのはそれ程多く作れなくなった今日この頃、こういう時間は有る意味貴重なのかもしれない。若い頃に比べて、精神的にも安定し自分をコントロールする術も身につけ、周りを傷つけないようにしたり、自分が傷つかないようにしたりする工夫を覚えた。ただ、ふとした瞬間自分か組み立ててきたモノに欠陥や不可解な部分を見つけてしまった時、それをどう修正し、次の方向へ導くかというのは易しい作業ではない。まあそんな振り幅が有るときも少なくなってきた。

自分はどちらかというと相談を受けることは多くても、逆に自分の考えや迷いを外に出すことが意外と少ないことに気がつく。別に自己主張をしてないとかいう意味ではなく、普段特にその必要を感じていないからだろうか。(その代わりに表現活動をしているというのもある)ただ、そうすると逆に自分の感情表現が乏しいような感じがしたり、コントロールしすぎて自分を出すことが出来ていない様な気がしてしまう。以前それを感じてかなり凹んだことがあった。自分が強くなったつもりが、弱さを隠すための衣を身につけていただけに思ったり、偽りの姿の様に感じてしまったり、自分を構成しているモノは全て学習による後天的なもので、自分の内から現れているものはいったいどれだけあるのだろう?と不安になったりした。

表現者だとよくその作品はオリジナルかどうか?という禅問答にも近いジレンマに陥ることが有ると思うが、人間の「個」としての存在のとらえ方にも同じような事が言えるのかもしれない。

人は何故生きるのか?何故存在するのか?人はどこへ向かっているのか?何故他の動物と違い思考する能力をもっているのか?人間が人間たる故に持ち得た哲学のテーマはいつどんな形で終着するのだろうか?その思考や哲学は宗教を生み、人々を導こうとするのか、はたまた混沌へとおとしめるのか?
僕の中ではある種の哲学が組み上がってきているのだけど、どうしたって周囲の人や読んできた本、暮らしている環境というのに左右される。それがどこへ行っても通用する考えかどうかというのは1つ組み立てて行く上での自分のルールになるかもしれない。僕は変なところで完璧主義というか理想を持ってしまう。逆に言うときっと自分の事や考えを非難されるのを恐れ、そんな隙を与えないために強固なモノを目指すのかもしれない。きっとそうだな。そんなことでも何かを恐れているっと言うことはやはり自分はそれ程強くないと言える。こういった自分の中での思考と言うのはマクロから見るとたいしたことは無いのだろうが、ミクロな所では凄く大事だろう。それが組み上がって出来ているマクロということは、やはり大事になるのか・・?

ただ、時々ふと感じる。自分が世の中の考えや状況をひっくり返せるとは思っていないが、そういう大きな力に繋がりそうだな、っと思うときがある。この感覚は何だろう?こうして書いているのも、自分で考えて書いているのか、書かされているのか分からなくなる。前後の文章を考えるではなく、ただひたすらに思いついたことを書きつづる。この感覚というのは何とも不思議だ。文字にして表すと、それが自問自答なのか、それともある種の結論なのか分からなくなる。(頭が良くないせいもあるが。。。)ただ思いつくままに書いているから、今書いていることと以前書いたこと、今度書くことに食い違いが出てくるだろう。でもそれを無責任だとは思わない。むしろ色んな価値観に自分をさらすことで、バランスを取りながら、適切な着地点を見いだすことが出来るのだろうと思う。

さっきの海の話しに戻るが、海で潜ったことのある人なら分かると思うけど、素潜りなどで、海に一度潜ってから海上へ戻り、次にまた潜るとき同じ場所を探すのは中々に難しい。海というのは常に動きがあり、一度上に上ると既に自分が波の力で動かされている。潜る度に新しい発見があり、違う景色に巡り会う。人の思考もそれと似ているな。時に陽の光で綺麗に見えた場所が、暗くなると冷たく不気味な場所に見えてしまったりする。

思考の海か。。。

潜れば潜るほど苦しくなり、圧もきつくなり、暗く、冷たく、徐々に不安になっていきそうな世界だね。でもね有る程度潜り慣れたり、逆に相当深くまで潜ってしまうとそういう感覚が急に無くなったりするんだよね。グランブルーって言うジャック・マイヨールが題材になった有名な映画があるけど、そんな世界。


さて、今日は久々にどこまで潜ろうかな・・・
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by michiyuki917 | 2006-06-03 10:13 | I think
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