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フィリピンの子供と祖母
何故思い出したか分からないが、
昨年フィリピンへ行ったときの風景を思い出した。

近年目覚ましい近代化の波が押し寄せているフィリピン。
だが、昔の日本の風景を思い起こさせる裏通りがあり、
それと一本道を隔てただけのメインストリート。
そこここを小さな子供達が行き来している。
ホテルを出る客の荷物を頼みもしないのに運ぼうとする。
また、人の服をはらって、埃を取ったりする。
そして不安げな瞳で大人達を見つめる二つのかすかな光。

夜遅い時間に町へ出ると、子供達がまだ遊んでいる。
そばを通ると、何か恵んでくれと悪びれることなく、
気軽に、まるで挨拶をするかの様に声をかけてくる。
それが彼らの日常であり、当然の習慣になっているようだ。
小学校に上がる前くらいの幼い子供たちが、
日々を生きるために、わずかな小銭を稼ぐために。

その一方、彼らは基本的に底抜けに明るい民族である。
何に対しても前向きで、決してうじうじとしない。
とにかく、人なつこく、誰とでも奇策にしゃべり、
本当に楽しそうに笑い、からっとしている。

そんな子供に僕も持っている小銭をあげたい衝動、
そしてそっと手を繋ぎたい衝動にかられ、
何とも言えない感情がこみ上げてくるのだが、
それをどこへぶつけて良いか分からなくなってしまう。
彼らから差し出される小さな手を黙殺するとき、
そんな彼らと自分を思い、涙してしまった。

僕の祖母はフィリピンの出身。スペイン系の家系で、
かなり裕福な家に生まれ育ってきた。
戦後周りの非難を浴びながら日本人の祖父と日本へ。
それから、一言では語れないほど壮絶な日々を過ごし、
子供四人を、言葉も分からない国で育ててきた。
自分の収入も決して多くはなかっただろうが、
その一部と、古着などを毎月フィリピンへ送っている。
そういった活動は関西方面でしっかりと根付き、
今では多くのフィリピン人のマミーと呼ばれ、
日比の関係ではとても重要な人物になっている。

彼女の人生は相互の理解の為に働きかける日々で、
日本へ就労を希望するフィリピン人の窓口にもなった。
こっちへ来たフィリピン人達のあらゆる相談を聞き、
そして粉骨砕身に手をさしのべ助けてきた。
本当に自分を犠牲にしながら人の為に生きてきた人だ。

何故だろうか?
フィリピンの子供と、この祖母の姿が頭をよぎった。
ただ、僕の父と同じ様に、僕にもそこにルーツがある。
by michiyuki917 | 2004-10-27 02:42 | I think
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