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映像の可能性
最近自分に対して、VJという言葉をめっきり使わなくなった。
何をやっているのかと聞かれると、色々・・・、とか映像使った演出かな?
見たいな受け答えをするようになっている。

そもそも僕が映像をやり出したのは、イベントのku-kiを立ち上げ、
そこでイベントの演出をする中で、最初は人の映像を考えていたが、
演出するなら、それにあった映像を自分で作ってみるか〜。
そこが僕が映像を中心に活動するきっかけになったわけだです。
(正確には学生時代にも映像を使った作品を作っている)
自分が煮詰まったとき、原点に戻ろうとすると、
先ず、映像は外して考えて行かないと最近は良く思う。
特に最近色々とイベントや演出を考える場合、
映像のソース自体を考えるよりも、どう見せるか?
どうやって、オーディエンスを巻き込み、面白い空間を創るか?
なので、制作する時間よりも、空間のプランニングとイメージ作りに、
時間を割き、結果あまり映像は凝ったモノを作るよりも、
ミニマルで大きな動きのモノを作るようになってきている。

映像という素材。
僕にとっては元々空間や、インスタレーションをする為の素材で、
特に最近は光としてどう見せていくかが課題になっている。
細かく作り込み、映像として見せるのは他の沢山のVJや、
映像作家に任せて、僕はそれをいかに二次的に処理するか?
そこに面白さと、可能性を見いだしているわけです。
映像〜って思うと、四角い枠に捕らわれ、素材に捕らわれ、
そこから抜け出し表現としての広がりを見つけるのに苦労する。
これほど、映像という素材がそこここに溢れかえっている今、
その中に自分のアイデンティティや、オリジナリティを見つけること、
それは音楽等にも言えるのだろうが、非常に困難に思う。
溢れすぎたが故の不幸のようにも思う。

今、色々と勉強することは沢山の情報を見て詰め込み、
それを技術や理論として取り入れることが本流としてある。
だが、僕らがやることは教科書通りの勉強をして、
その高めた技術、技法を披露することではない。
コンピュータが取り入れられた頃、どういう問題が起こるか考えた。
特にクリエイティブな分野に関して言うと、それはツールとして、
広がる可能性と、そこに縛られる可能性が同居している。
実際多くのクリエーターがそこからどう脱却し、
他との違いや、自分らしさを出すかに四苦八苦している様だ。
その中でもがけばもがくほど、のめり込むようにも思う。
まあ、それは絵筆や彫刻刀を持っても同じことが言えるが、
それよりも他に依存してしまう部分が異常に大きい。

映像にも同じことが言えるように思うのだが、
真新しさ、インパクトというのは、次第に薄れる程度のモノで、
深く人の心理に刻み込むことはとても難しい。
クラブでの映像の大部分は見ることを流されがちである。
自分も以前まで普通にVJをやっていたときは異様な空しさを感じた。

今は映像を空間として捕らえさせることに挑戦し、
狭い視覚からではなく、大きな空間を動かすことで、
見るものに体験的な映像の表現を見せようとしている。
これもまだトライ&アウトを繰り返しているが、
いずれそれほど面白く無くなってしまうのかもしれない。
自分の中で新鮮さが失われたとき、それは終わるだろう。
でも、今はまだ自分自身やることへの緊張感や、
試してみたいことが沢山残されていて、興味は尽きない。
だが、まだ映像の素材を活かし、表現へ到る道は遠いのか、
自分の中で突き抜けていく何かが欲しい。

今週末の金曜日には三人の映像をミックスし、
それを多元的に使い、見せない映像をぶつける予定です。
もし、僕のそのパフォーマンスを見てもらえたら、
その辺についても色々と感想を聞かせて下さい。


見る人の心に残せるかどうか、それがボーダーライン。
by michiyuki917 | 2004-11-02 12:50 | I think
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